白豚ノート

何となく考えたことを、写真と共に垂れ流すブログ。

ゆとりについて

 世間一般にいえば、私はいわゆる「ゆとり教育」を受けた者のひとりであるが、自分の学校生活を思い返してみたとき、はたして日々に「ゆとり」があったのかどうかは疑問である。むしろ日々は雑事に満ち溢れており、塾にいったり部活動をしたりと、何かと忙しいものであった。自分自身が日々やるべきことに対して、最大の効率性をもって臨んでいたかと言われると微妙だが、少なくとも周りを見ても、やるべきことをサボっている者以外は何かと忙しく日々を過ごしていたように思う。人が何をもって「ゆとり教育」と言っているのかどうかは謎だが、少なくとも僕は高校受験の段階で台形の面積の求め方も、イオンの考えも塾で習った。

 

 一時、「ゆとりですがなにか?」というドラマが注目を浴び、「ゆとり」という言葉が大きく取り上げられた。ゆとり教育とは学校教育における土曜授業の廃止や、授業内容の一部削減というニュアンスで世間に広まっているが、実際「ゆとり教育」を受けた自分たちに「ゆとり」はあったのだろうか。

 少なくとも小学生までは、学習や制度の面で遊ぶ時間や習い事をする時間が確保され、その点では「ゆとり」があったといえるかもしれない。しかし、中には塾に通う生徒もおり、中学校の授業内容を見据えた勉強を小学校高学年からやっている生徒もいた。中学生になると部活や勉強で忙しくなり、「ゆとり」などとはもはや無縁であった。むしろ、生活に存在する隙間は「将来有益に作用するであろう何事かをして埋めなくてはならない」というような考えが、自身にはあったと思う。「周りのやつらは着実に次のステップに向けて進んでいる。だから自分も頑張らなくてはならない」というような考えに突き動かされ、「ゆとり」などには縁がない中高生時代であった。

 

 思うのだが、「円周率を3で教える」とか「授業週休二日制の導入」で、人の人格がどれほど変わるというのだろう。むしろ、「ゆとり教育」を受けた者が何らかの特徴を備えているとしたら、大学全入時代の到来と、それによる受験戦争・塾ビジネスの拡大による作用が大きいと思われる。つまり、フーコーのいうところの「権力の内在化」が「受験至上主義」によって進み、より「従順で優しい、欲のない人間を生んだ」という論理の方が、少なくとも自分なりにはしっくりくるのである。要するに、「従順で優しい若者」が増えたのは、「ひとのいう事に従って頑張らないと、いずれ自分は失敗する」という強迫観念(=「未来至上主義」)を10代の間持ち続けたからこそ、「従順な若者」が量産されたといいたいのである。仮にもし「従順で優しい若者」が持つ傾向として「決断力がない」「自立心がない」「叱られるとすぐへこむ」のような事項があげられるとすれば、既にこれらの若者は「未来至上主義」によって「失敗しないように人のいうことを聞いておく」とか、「既に人にいわれたこと・後々人に言われそうなことを先んじて実践するようプログラムされているので、相対的に叱られた経験が少ない」ととらえることができないだろうか。少なくとも現代の若者が「従順で優しい」と仮定した上での議論にはなるが、こうした傾向を安易に「ゆとり」と結びつけるのは早計である。若者に対するレッテル貼りはいつの時代も行われているが、今回はたまたま「ゆとり」という「わかりやすそうな語句」と結びついただけで、実際は「権力の内在化がより進行した」ことに注目しなくてはならない。

 

ゆとり教育の犠牲者」といわれる若者も、自分たちがもつ傾向や性向を時代状況に照らして、ちゃんと考えなくてはならない。安易な結び付けに基づいた情報をあたかも真実のように受け取ることは、翻って自らも安易な結び付けによって、誤った他者判断することになる。自分と違う異質なものについて短絡的な判断を行えば、解決すべき多くの問題を看過し、社会の悪しき慣行が次の世代にも再生産されることになるのである。

 一般的で、わかりやすい判断に対して、適切な疑問を抱かなければならない。そして、なるべく自分の言葉で異質なものと向かい合うことが、今後ますます必要となるのではないか。

他者と自己への意識について

 人に今以上の労力を出させようとする文句――たとえば、「俺が若い頃は~」等の若手をたしなめる文言――が横行し、正当的な効力を持つような場においては、下手をすると過剰なほどに人的労力の拠出を要請し、電通の自殺事件のような労働問題に発展する。管理の厳重化や抜き打ち監査でどうなるというわけではなく、一番の問題はそのような文句がまかり通る場が放置され、また働いている従業員に内在していることである。よって、究極的に労働問題を解決するためには、そもそも個人が意識の面から変わらなくてはならない。

 人が拠出できる労働力には、当然ながら限界がある。そして、その限界は人によってまちまちであり、さらに日によってその限界は増減する。体調的な問題もあれば、精神的な問題によって、人がその時に拠出できる最大労働量は変化する。問題は、常に他者に最大労働量の拠出を求めることに存しており、翻って常に社会に最大労働量を求める消費者にも存しているといえる。

 他者は完全に理解しえない存在である一方、自己は自己の最大の観察者である。しかし、「わかった気で」他者に接してしまう厚かましさや自己を省みる意識の流れのないところに、現今の非効率性が存在している。自分と他者は同じような存在で、自分と同じような考えを持たせれば、自分と同じように他人も動くと思う傲慢さから、社会の不利益が生まれ、息苦しさや閉塞感が増していく。

 特に自己に向けるべき言説を、他者に向けたときに、多くの問題は発生する。つまり、自己統治の原則を、他者統治にそのまま使っていることが問題である。しかしながら、今後自分がそのような傲慢さにかまけ、誰かを知らないうちに犯していくとも限らない。よって、統治に関わる規則を以下のように定める。

 

一般規則

他者に向けるべき規則。人には原則として好意的に接する。過失責任は重度でない限り、自己限界の原則に基づいて、不問とする。

自己規則

自己に向けるべき規則。自己は厳しく統制し、絶えず批判の内にさらす。困難に遭った場合は基本的に自己解決を試み、それが不可能になった場合(あるいは不可能が予測される場合)は、すみやかに人にわかる形式で助けを請う。過失責任は自己の認識不足・行動不足にあり、絶えず自己開示と情報収集に努める。

 

・一般規則と自己規則

 一般規則は自己以外の他者に一般的に適応される規則であり、自己における他者統治に関わるルールである。対して自己規則は、自己に対して適応される規則であり、自己における自己統治に関わるルールである。

 両者の領分が混濁し、入り混じるところに怠惰や不信が発生する。生活の上では両者を注意深く峻別し、適当な他者統治、自己統治に努めなければならない。

 

自己限界の原則について

 自分の認識には限界があり、すべてを知ることはできないとの原則を定める。他者のことをすべて理解することはできず、背後にある心理的事情に立ち入るべきではない。他者の心理的事情は原則として善性に基づいて推定し、その悪意を疑うべきでない。

※金銭取引等、契約の発生する場合においては、この限りではない。

課題つらい

 自分は自分の最良の理解者とは限らないが、少なくとも最大の目撃者ではある。自分は「自分」という人間の中から、終止「自分」という人間を見ている。観察している。生まれたときから「自分」の運営を義務付けられ、なぜだか今日まで行きながらえている。稀有なことである。人は自分のことがわからないという。僕も自分のことがわからない。自分は「自分」のことをよくしらないのに、他人のことをわかったつもりになるのは傲慢である。いや、人間というものをわかった気になることほど、傲慢なことはない。人は死んだときに人間としての存在が確定するならば、人類も死んだときに人類となるのだろうか。裏を返せば、人というものはアイデンティティで縛られてはいるものの、死ぬまで変容し続け、成長もするし、退化もする生き物なのだろう。大学の友人が昔いった、「人に飽きるというのは最大の失礼」というのは、実に言い得て妙である。

 

 

 いつか、そのような変容を続けていれば、僕たちはいつか頭の中で思い描いたような「すべてが報われる瞬間」と出会えるだろうか。新海誠の最新作「君の名は」は、三葉を理想の女性として、「ユートピア」的なものを求め続ける主人公・滝の雄姿を描くものだった。途中、三葉と滝が互いに恋愛感情を抱くプロセスが省略されていたり、設定にいささか突飛な部分があったりと、諸手を挙げて好きとはいえない作品だが、そのコンセプト自体は非常に価値あるものだと思う。芸術がある種ユートピアを描くのは昔からの伝統だが、ユートピアを探し求め、そして中間項を省略する形式でいささか不合理な部分があっても、ユートピアにたどり着く主人公や周囲の人々を描くのは、いささか「祈り」にも似た光景である。ユートピアの獲得までの過程が不合理な説明や情景で描かれるのは、現代人が合理性や効率性、首尾一貫性というものに飽き飽きしている証拠ではなかろうか。

 

 僕たちは、いつか自分の理想が叶う、まさに「ハレ」の日を目指して、平凡で何事もない「ケ」の日々を生き続けている。その道のりはとても遠く、本当にユートピアが存在するのか疑わしくなって、なけなしのアルコールや愚痴に不満のはけ口を見いだして、あるいはネットメディアの刺激的な記事(すこし古いが、ベッキー不倫騒動の川谷絵音の血祭りなどはその典型だろうか)や、週に何回かのアニメを「精神的寄港地」として、資本主義の末期症状を呈する社会の中で生きている。最近、「第四次産業」としてのIoT技術や行政の36協定の見直しなど、各所で少しでも症状の緩和を目指そうという動きがあるが、事態の解決はもっと先というか、たぶんどこまでいっても人は便利さを求めるだろうし、戦後以来積み上げてきた社会の負債は、僕たちが生きている間には解決しないだろう。とすると、僕たちの骨折りは結局自分たちのためではなく、僕たちの息子の世代、あるいはその孫よりずっと後の世代になるのだろうが、自分たちに利益がない以上、果たして努力する意味がどれほどあるのだろうか。「我が亡き後に洪水よ来たれ」とは、フランス王ルイ15世の愛人であったポンパドゥール侯爵夫人の言葉であるが、これほど現代の自分たちの心理に当てはまるものはないのではないか。自分たちにメリットがない以上、社会改善の努力する意味はないなどといった、「極度の効率的思考」は、返って人間社会の緩やかな壊死を招くだろう。社会のための効率主義が、かえって自らを殺していくのはなんとも皮肉である。もはや、善行をなすための教義は「慈善」といったような非合理の側にあり、社会的壊死は、そのような非合理的行動でしか守られないのかもしれない。

 

 合理的に非合理的行動を進める教義がない。全員が全員、自分を守ることで手一杯なのだ。その中で、敢えて「君の名」を呼び続ける姿を描くというコンセプトは、半ば「祈り」にも似たものではないだろうか。

自己主権

 人間は自由であるというけれど、実際いたるところで人間は自由ではない。そもそも生まれた時点で好き好んで生まれてきたわけではないし、なにせ資本主義社会の落ち目の時代に生まれて、少子高齢化で若者の福祉負担額は増加、自己存亡をかけた企業間競争によって仕事量は増え、有給もロクにとれない日本によくも生んでくれたな、と両親を呪いたくもなるが、生まれてしまったものは仕方ないし、死ぬのも辛いし、じゃあどういうふうにして死ぬまで過ごせばいいのか、と誰かに問いたくなる。明治時代に問屋制家内工業からマニファクチュアになって、同時に資本主義が日本にやってきて、まあその頃にくらべれば今は全然マシなのかもしれないけれど、小林多喜二の『蟹工船』が未だに読まれたりしているのを見ると、資本主義が抱える問題は今後も肥大し続けて、結局僕たちはどこにもいけず、金がほしい、金がほしいと言いながら、(うまくいけば) 年寄りになるんだろうなと思う。

 

f:id:DaYoshi6263:20160905225244j:plain

鳥取砂丘

 とてもじゃないけど、人生は自分の思い通りにならない。「自分が自分の人生の主役」とどっかの誰かが言ったようだけれど、とても自分の人生の手綱を引けるような気がしない。人生は突如暴れ馬のように走り出して、とんでもない場所に自分を連れていく。他人や周りがつくる流れに従順になるしかないときもある。自分は自分の人生の主導権すら握れていないし、ともすればどっかの誰かが、自分の人生の主導権を握っているような気もする。

 

 そのまま誰かに主導権を握ってもらったまま、安心して人生を送れたらそれはそれで楽なのだろうけど、周りの人の話を聞いているとそうもいかない。企業が倒産したり、勤めた先がブラックだったり、人に騙されたり、人に利用されたり、流れ着いた先がとんでもない場所だったということが往々にしてある。高度経済成長期のような「大企業に入れば人生安泰」という幻想も崩れ、学生闘争のときのような改革の理想もどこにもなく、個人の生活にまでせまってくる社会問題も解決の糸口さえ見えず、ただ目の前の現実に耐えるしかない閉塞感。一体誰がこんな世の中にしたんだと問うても、責任者はどこにもいない。

 

f:id:DaYoshi6263:20160905225528j:plain

倉敷

 しかし、一歩ずつやるべきことをやり、なすべきことをなさない限りは、いつまでも辛いままだ。時代や社会のせいにするのは結局のところ思考停止で、自分が変わらないことには自分の生活の向上はない。

 

 アウシュビッツのユダヤ人強制収容所に入ったV.E.フランクルは、人間の生死が運命の悪戯によって決まる状況を目の当たりにして、以下のような言葉を残した。

・・・・・・人間はひとりひとり、このような状況にあってもなお、収容所に入れられた自分がどのような精神的存在になるかについて、なんらかの決断を下せるのだ。典型的な「被収容者」になるか、あるいは収容所にいてもなお人間として踏みとどまり、おのれの尊厳を守る人間になるかは、自分自身が決めることなのだ。(『夜と霧』p.112)

 どんな状況にいても、自分がどのような人間になるかという精神上の自由だけは、すべての人間に残されているというのがフランクルの考えで、まさにこれは至言だと思う。ましてや自分たちのいる場所はアウシュビッツでもなければ、それと肩を並べるほどに自由が奪われているわけでもない。

 

 もしこれが人間に与えられた生まれながらの権利だといえるなら、行使しなければ権利を持たないのと一緒だ。どんな状況にあっても、できることは常にあるのであって、もはや絶望している暇などない。目の前の生活から楽しみや学びを勝ち取るも自分次第で、そこに一定のルールや方法があるわけではない。自分が周りの環境を利用し、自分自身の人生の主権を守りたいならば、それを奪おうとする諸力に自ら立ち向かうしかない。

 

f:id:DaYoshi6263:20160905225719j:plain

出雲大社

 たとえば、スマホをいじってる時間をちょっと短くして本を読むとか、音楽を聴くとか、周りには見えにくい小さな、具体的な変化から始めて、「ただ耐えるしかない状況」に戦いを挑んでいく。小さな変化を積み重ねて、まずは自分の生活を変える。社会や他人に文句をいうのは、あくまでその後にしたい(と常日頃思っている)。

ポケットにファンタジー

ポケットにファンタジー

ポケットにファンタジー

  • ニさち&じゅり
  • アニメ
  • ¥250


ポケットにファンタジー」という曲をご存じだろうか。

 今は昔、現在でいう20代前半がまだピカピカの小学生のころ、初代アニメ版のポケモンのEDであった曲である。これが色んな意味でエッモエモのキラーチューンであり、その歌詞内容は、ママが子どもに「もう一度子どもに戻ってみたい」と話すというものである。見るからに重そうである。というか、普通に重い。

 Apple Musicを導入してから、知らない曲や古い曲を聴く機会が増えた。そこにたまたま落ちていたのが、ポケモンのOP・ED楽曲集だった。僕はこの楽曲を、10年強ぶりに聞いたことになる。

 

f:id:DaYoshi6263:20160510125633j:plain

【東京・高尾山】

 僕がこれを初めて聞いたのは小学校低学年だった。そのころの自分は例に漏れず、「早く大人になりたい(夜更かしができるから)」と言っていた子どもだった。「早く大人になりたいの♪」と少女がいう歌詞の始まりは、まさに少年の頃の自分自身だった。

「もう一度子どもに戻ってみたい~♪」

 そんな少女に、ママはいう。重い。絶対そんなことを子どもにいうもんか。さらに、ママはこう続ける。

「昔私がまだ子どもだった頃~♪

ポケットに入れてた たくさんの宝物

いまでも時々、顔をのぞかせるのよ~♪」

「それって、ピカチュウ?」

「さあ、なんでしょうね?」

 「昔のこども今こども  ポケットの中には誰だってファンタジー♪…」

  ママの重々しい懐古には、10年後もポケモンを残したいというメデ○ア・ファクトリーの野心が垣間見えなくもないが、実際ポケモンは今も残り続けているし、当時僕達を熱狂させたルビー・サファイアのリメイク版が発売された十数年後を生きている。結婚した同級生もちらほらいることだし、「ポケットにファンタジー」を親の側から聴くことになるのも時間の問題だ。

 小学校の夏休みのプールの授業が終わり、中学・高校の部活動が終わり、いくつかの淡い恋が終わり、数々の現実を前に子どものころ抱いていた夢が消えた。ママの気持ちの裏側に透けて見えた得体の知れないエモは、僕たちが辿ってきたプロセスそのものだった。

 さて、僕たちのポケットの中にファンタジーは残されているだろうか。ポケットをひっくり返しても、せいぜいスマートフォンくらいしか出てきそうにない。

f:id:DaYoshi6263:20160510125721j:plain

【東京・高尾山】

 今や自分たちのポケットには、ゲームボーイでもピカチュウでもなく、タッチパネル式の薄型ディスプレイが入っている。それはいつも新しい情報や刺激を連れてきて、日常の隙間を敷き詰めていく。ゲームは原則無料の課金制になり、小学生でさえ親が機種変更をした後、用済みになったスマートフォンをいじっている。

 ファンタジーがポケットからこぼれ落ち、代わりに雑多な情報でポケットが満たされて、今やその流れは小学生にまで及びつつある。ゲームはストーリー性がなく、細切れで、刹那的な興奮に満ちたアプリケーションとなっている。重厚なストーリーや根気強く取り組むゲームが消えたとはいわないまでも、以前とくらべて少なくなったような気がする。

 友人関係が原因で学校に行けなくなったとき、僕が逃げ込んだのはゲームの中のファンタジーだった。ゲームや小説、映画が作り出すファンタジーは、時として現実に打ちひしがれ、にっちもさっちもいかなくなった僕らの最後の逃げ場所となる。雑多で脈絡のない情報がもたらす鈍い刺激――誰それが不倫したとか、何をどうすれば人生上手くいくみたいな安逸なライフハックとか、そういったものに踊らされるだけでは、到底僕たちが救われることもないのではないか。

f:id:DaYoshi6263:20160517113700j:image

【大阪・USJ

 ファンタジーから醒めれば、僕たちの前にはさして変わりばえのない現実が待っていて、結局のところ、虚構というのは脆弱で無力な存在でしかない。現実を変えていくのは実直で泥臭い自分の行動だけで、ファンタジーに逃げ込むことは物事の根源的な解決にはならない。

 それでも、ファンタジーという僕たちの安息の場所があるということ、とりわけ、人が誰かのために脳汁を搾り出して紡いだ世界が自分の傍らにあるというのは、本当に心強いものである。大好きなファンタジーがひとつあれば、僕たちは強大な現実を前にして、少なからず自分を保つことができるのではないか。

 そんな物語を、いつもポケットにいれておきたいものである。

 

 

 

con passione

 ここのところ、図書館に籠って授業の予習をしたり、修論用の何やら小難しい本を読んだりしているが、本を開く度にわからないことが増えていくような気がする。自分のおつむが徹底的に足りないし、なんとなれば知識を得ようとする自分の意欲さえ頼りないものだと思ってしまう。

 駅の地下構内を速足で歩く。やたらでかい荷物(PCや文献の入った、非効率さの塊みたいなノースフェイス)を背負って、1.5倍くらいの速さで仏頂面をしながら歩いている男がいたら、それは多分僕である。一人でいるときは終始何やらイライラしている。もはやイライラがデフォみたいな感じになっている。

 

f:id:DaYoshi6263:20160508014217j:plain

【埼玉・巾着田

 かといって、他人にあたりはしない。ほぼ(いつも)自分に対してイライラしているわけで、他人はほとんど関係ない。人が抱えている問題はいつも個人的なものだし、最終的には当人が解決するしかない。難解な問題は腑分けをして、小さくても行動に落とし込み、それで自分が抱く問題や負担が軽くなることを祈る。毎日がその繰り返しで、終わりはない。無限に続く螺旋階段を登っているようなもので、ガンジーが昔「死は救済だ」といったようだけれども、僕はそこまで人間ができていないから当然そのようにも思えない。螺旋階段から無事降りる方法は、生まれた時点で既にない。

 順当にいけば、僕の年齢だと社会人2年目を迎える歳だ。自分がまた学校に通い始めたのは至極まっとうな理由があったからだが、たまにSNSやら何やらで流れてくる「文系大学院生はみじめだ」的な言説にはさすがにイライラする。言うやつも大概だが、黙っているだけの奴にもイライラする。文科省も「人文科学系学部を減らして、職業教育を」などと言い出す始末で、確かに人文科学の重要性を声高に主張しなかったアカデミズム側の怠慢も否めないが、そういった無理解みたいなものには特に最近敏感にイライラしている気がする。

 

f:id:DaYoshi6263:20160508014126j:plain

【京都・高台寺

「所詮どうにもならないから、なりゆきに任せよう」みたいな空気がどこかしらに跋扈していて、一人の無関心と怠慢が、張力でひっつく水滴みたいに大きくなって、結果的に社会の閉塞につながっている。石川啄木の言葉でいえば、長年「二重の生活」を送り続けた負債が、じりじりと段階的な小爆発を起こしている気がする。例えばそれは「原発」や「労働問題」といったようなマクロなテーマから、職場や学校で為す自らの一挙一動といったようなミクロな範囲まで及ぶと思う。段階を得ずに間違った人の指導をしたり、長時間労働をほのめかすような発言をしてしまったり、無意識の狭間を突いて、大きな問題は確実に身の周りにまで忍び寄ってくる。「大きな問題と自分は関係がない」とか「難しすぎてわからない」という姿勢をとる人間に限って、実はかえって問題の側に加担してしまっているのだ。

 大きな問題について、もはや仕組みのレベルで「他人の苦難に構っている暇はないし、自分にはどうすることもできない」という怠惰が内包されている。ほどほどに他人と距離を取り、自らの責任を負おうとしない人間が徳をしたり、他人を助けようとする人を、物の道理がわかっていないと馬鹿にするやつもいる。他人を小馬鹿にするのに、そのくせ要点を掴むことだけうまくて、なぜかおいしい思いだけをする人間が少なからずいる。

 

f:id:DaYoshi6263:20160508014411j:plain

【東京・高尾山】

 学部時代の先生がイタリア語の「con passione」という言葉についてしきりに語っていた。「passione」はラテン語の「patire」を語源としていて、「痛みや苦しみを受ける」の意味があり、「con」と結びつくことで「参加すること」「自らの情動や力のすべてを振り絞っての熱意」という意味になる。何かを理解し、また変わろうとするときは、少なからずそういった姿勢が必要であると教わった。

 誰かを出し抜いたり、軽んじて地位や自身を得ても、その実が伴わないならば何の意味もない。身を削ってでも、今この瞬間に身の周りの人に尽くそうとしている人が報われないのでは、一向にいたたまれない。文学に転向した今でも「con passione」という言葉がイライラの隙間からやってくるたびに、もう少し頑張ろうと思う。

文章を書くこと

 紆余曲折を経たが、4月から文芸創作のできる大学院に進学する。小説や随筆を書いたり、互いに批評し合ったりするようなゼミ(今のところ、そのように理解している)に入る予定である。
 

f:id:DaYoshi6263:20160307232028j:plain

【東京:御岳山(ロックガーデン)】
 専門として追及するくらいだから、さぞかし普段から本を読み、毎日小説を書きまくっているのだろう・・・と思われるのかもしれないが、実のところをいえば、僕は本を読むのも文章を書くのも、あまり好きではない。友だちとワイワイ飲んで騒いだり、SNSやアニメをボーっと眺めてダラダラしたりする方が好きである。本を読むにしろ、文を書くにしろ、一番最初に思うのはほとんど「面倒くさい」である。本当は狂ったように本を読み、文章を書き散らすのが創作家なのかもしれないが、正直にいって、普通に仕事をして、その対価として金をもらう方がよほど簡単で、気楽で、かつ楽しい。
 アルバイト先に恵まれていることも一理あるとはいえ、僕は文芸に対して諸手を上げて好きとはやはりいえない。僕は文芸で身を立てようとは思っていないし、僕にとって文章が命をかけるほどに重要な人生の要素とは思えない。普通に働きたいし、普通に遊んでいたいし、金だってほしい。いい靴を履きたい。いい鞄がほしい。いい飯を食い、いい部屋に住みたい。本当は長時間労働がどうとか考えたくない。週末に気の置けない友だちとワイワイやっていた方がよっぽど楽しい。
 

f:id:DaYoshi6263:20160307232158j:plain

【京都:京都タワー
 実は、高校に入るまで恐ろしく本を読まなかった。それまでの主たる読書経験は、明日の用意をするときに手に取った国語の教科書をダラダラと読んだり、現代文の課題で出ていた「読書感想」的なやつで、見栄を張るために多少の本を読んだりしたくらいである。
 活字を追うより、ダラダラ自分で考え事をした方が楽しい。本の前に拘束されるという感覚が、今でも好きになれない。特に作家の文体が合わないと、5P読まずに本を投げてしまう。文章など書かずに、頭の中で「文章以前のほわほわしたもの」をこねくりまわしていた方が楽である。たまに「書きたい!」という熱烈な衝動に駆られるものの、いざキーボードを叩いたり、ノートに向かったりすると、「あれ、俺何書きたかったんだっけ」となる。見栄を張って少し背伸びをした文章を書こうとしたり、知らずに自分の気持ちと違うことを書いていたりすると、あっという間に袋小路にはまる。文章が続かなくなる。読むも書くも文章と向かいあったとき、自分は丸裸にされ、一切の薄っぺらな虚飾や才能の無さが白日の下にさらされる。思い出したくない出来事が頭をよぎる。部屋には自分しかいないのに、別に誰かが見ているわけではないのに、なぜかすごく恥ずかしくなる。誰かの本や文章を読む度にひどく感心し、その後で自分の文章を見て「ああ、これはやっぱりアカン」と思う。
 

f:id:DaYoshi6263:20160307232446j:plain

【京都:北野天満宮
 それでもなぜ大学院まで行くのかと問われれば、等身大の自分を日の下にさらすことで、自分の弱さと怠惰と闘うための手法を磨こうと思ったからだ。文章を書くという行為は自分自身の姿を再確認するという営みであり、もっと踏み込んでいえば、伝えるべきタイミングや表出すべき機会を失って凍りついた言葉や感情を、意識の端から少しずつ削り出して、元の流れに帰す営みである。行く宛を失った言葉や感情を少し元とは違う形で解釈し、意識に還元していく。自分自身の至らなさを見るより、存在意義を失った自分の感情に振り回されて人生を空費するほうがよっぽど苦しいから、膿を切るように向き合う。文章を書くことは手法であって、目的ではない。消化不良の思い出に囚われがちな自分が善く生きるための戦い方であり、素手で空を掴むようなあがきであり、生存戦略である。小説を書くようになったのも、随筆的には書けない物事があったからで、なるべく人に伝わるようにするための工夫の延長である。
 

f:id:DaYoshi6263:20160307234215j:plain

 【東京:高尾山】
 辛い思いをしても、そうして出来上がった文章というのは、やはり自分にとって大切なものだ。文章を読んだり、書いたりすることでしか出会えないものがある。
  大学卒業をしてから今までで、短いものと長いものの二本の小説ができた。短い方は何人かの友人に見てもらった後に小さな文学賞に応募し、長い方は現在校正中である。長い方は大学院のゼミに持ち込んで、メッタメタに批判されて鍛えてもらおうと思う。作りも粗雑で、登場人物の会話は薄く、情景描写は白々しく平坦だが、それでも大切な自分の文章なのだから、書いた責任は最後まで負うつもりである。
 そうした長いモラトリアムの先に、周りの人と楽しく働き、適度に酒を飲み、嫌なことがあれば互いに励ましの言葉をかけあう生活があればいいと思う。その日々の隙間に、苦闘の末の副産物として、自分の文章が他の人への「色々あるけど、まあ頑張ろうや」という小さなメッセージになればいいと思う。