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白豚ノート

何となく考えたことを、写真と共に垂れ流すブログ。

流浪豚 ~マカオ編~

 2012年7月。「自分がかつて学んだ塾で教鞭をとる」という中学校以来の夢に破れた自分は一人、行くあてもなく部屋でゴロゴロする日々を送っていた。僕は精神的退廃のあまり、扇風機に向かってアホ面で「ア~」と言い、キャッキャウフフを一人で繰り広げる閉鎖病棟顔負けの廃人と化していた。八国山緑地を走り回ったり、井之頭公園に行ってバカップル見物をして勝手に汗をかいて苦しんでいるうちに、「お前、これはさすがに腐れ大学生と言えどアカン」と、わずかながらの良心が警鐘をならすのであった。

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 気がつくと僕はマカオにいた。いや、順を追って説明すると、貯まった貯金を使い果たして海外に行き、何やら刺激を受ければ、何やらいいことが起こるかもしれないという極めて安直な理由から、僕はパスポートを取りにいった。さらに、ヨーロッパに行きたいと目論んでいた僕は、当初ヴェネツィアなどを周遊しようと考えていたのであるが、あまりに旅費が高すぎたために、なぜか「ヨーロッパのどっかの植民地だったところに行こう」という発想に至った。付け加えて、社会学かぶれだった僕は「日本と言う文化圏をまるっきり切り離して海外に行ったらどうなるんだろう」という着想を得、携帯の海外ローミングサービスを使わず、まったく携帯が使えない状態で成田空港からマカオへと飛び立った。

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 正気に戻ったころには既に遅かった。タクシーのおっちゃんに「ここに行ってくれ」と地図を見せて頼んだものの、老眼で地図が見えなかったらしく、苦笑いをされて終わった。たどたどしく英語で説明するも、マカオは広東語圏であるため、英語も通じない。仕方なく、ホテルから少し距離のあるマカオの中心地だった「セナド広場」になんとか降ろしてもらうことに成功した。地図を頼りに歩くも気が付くと海についており、そのまま迷い続けて2時間が経った。時折黒塗りの車が走り去るのを見て、「俺はマカオで博打売ってるギャングに拉致られ、南シナ海に沈められるのではないか」という虚妄が膨れ上がり、「絶対負けねぇ」などとブツブツ言いながら、半ベソでマカオの街を歩いていた。グランドリスボアの蓮の形をしたビルを目印に正しい道を見つけ、なんとかホテルにたどり着いたころには2時間が経過していた。ホテルの近くにあったゼブンでスミノフやらビールやらと適当な菓子を買い、ホテルでべろんべろんに酔っ払った。気が付くと、僕はダブルベッドの上で飛び跳ねている内に寝ていた。注意しておくが、ダブルベッドといっても一人であることに留意されたい。

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 翌日、マカオの世界遺産めぐりをした。セナド広場や友誼大馬路という大通りを中心として、歩ける場所が次第に増えていった。同時に、どこの通りがどこに繋がっているか、どの方向に行くとセナド広場かということがわかるようになった。マカオはかつてポルトガルに占領されていた場所で、観光地化された場所はヨーロッパ、それ以外の場所は中国というような街の作りをしていた。ビルにはフジツボのように室外機が取り付けられ、時折室外機の水が垂れてきた。7パタカ(70円)のエッグタルトは美味しく、水を得た魚のようにマカオの街を駆け巡った。

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 日本だと知らない土地に行く際にいつもGoogleマップを利用するのであるが、GPSを切って異国の地で自分を追い込みに行ったのは良かったと思う。自分が通った場所から枝葉が伸びるように、知らない場所が知っている場所になっていくという過程は非常に面白いものである。ぜひ一度、異国の地で自分を追い込んでみることをお勧めする。案外人間はどこでも生きていけるものだなあと、短い滞在ながらに思った次第である。