白豚ノート

何となく考えたことを、写真と共に垂れ流すブログ。

田んぼとコンクリートビル

 日本のほとんどの風景は緑に覆われた山々で、新宿が見せるような摩天楼や、軒並み連なる家々は、日本のが見せる一部の姿でしかないのではないか。そう思ったのは、僕が進路に迷いに迷いあぐね、脳みそが茹であがりそうになった大学3年の夏であった。5日間、つまり、青春18切符の効力が許す限りの間だったが、僕は電車を跳ね馬のように乗り継いで、西日本を渡り歩いた。

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※自主撮影

車窓の外の景色は、名古屋を抜けて三重に入ったあたりから、次第に様相が変わってきた。家がまばらになり、その代わりに緑と畑が多くなっていった。電車を乗り継いでいくうちに、電車の中にトイレがついた。本を読み、音楽を聞き、景色を見、それに飽きるとまた本を読んだ。線路の周りは木々で覆われ、車内の人もほとんどいない。

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※自主撮影

高校生は自転車での行動範囲では満足できず、原付免許を取る。電車は1時間に1本だから、乗りのがしたら大変である。高校生は東京か大阪の大学を目指す。

急に乗り込んできた学生でパンパンになった車内にいるうちに僕はふとそんなことを考える。一体どんな生活なのだろう。どんなことを思うのだろう。幼いころに都会に移住した自分には、ほとんどよくわからない。

 

本当にどこまでも田園風景が続いた。僕は東京の姿ばかり見て育ったけれど、実は東京というのは異質で、確かに日本のかなりのイメージを東京などの都市が持っているけれど、それは実は自分の中にある勝手な見方なのかもしれないと思った。

 

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※自主撮影

田園風景を見ながら、自分が育った東京郊外の街を思う。東京は、圧倒的な量の労働を人々に供給し続けている。そして人々はそれを需要する。別段それが悪いとかいいとかいう話でもないけれど、東京に知らないうちに食い殺されていく人も中にはいるのだろうなぁと思ってしまう。ビルが放つ一つひとつの明かり下には人がいる。東京の夜景を見て綺麗だなぁと自分も思うけど、明かりの数だけ人の生活があると思うと、少し色々考えなきゃいけない気がしてくる。

 

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 ※自主撮影

東京は悪く、田舎は良いという単純な図式に落とし込むつもりはない。都会の生活は無機的だとか、無闇やたらに自然に帰れみたいなことを言う人もいるけど、例えば夜景の明かりの下にも、電灯がほとんどない場所にも、人々の生活がある。東京の夜景は搾取される人によって作られるというつぶやきがTwitterで一時期出回ったけれど、電灯の下にも人と人の思いやりがあったり、何かの理想に向けて頑張ろうとしてる人がいる。

 

結局田舎も都会も、一つの物事とか側面からしか見えないのだろうけど、そこから何か全部がわかった気になったり、一つのことを信じて誰かのことをないがしろにしたくないなあとは、なんとなく思う。